2012/04/22

2012年1月後半/ママ。

肺腺癌、を、相手に一年半。
本当に気丈に頑張ってきた母。
1/27の夜に、さよならした。
雄大の誕生から丸一ヶ月。
年末年始、それはまるで命のバトンだった。

まだまだこれから、子育てでたくさん聞きたいことあったのに。
まだまだ話したいこと山ほどあったのに。

さよならの二日前、みんなでお見舞いに行った時の写真。

私は産後三週で、まだ大事な時だから早く帰れと言われ、涙した。
母がこんな状態なのに、逆に心配されていることの不甲斐なさ。
あの時、それでも病院にひとり泊まっていけば、色々ふたりで話せたかな。
でも、帰り際、ママは言ったのだ。
「まだ、わたし、死なないから!」
あの時、まだ大丈夫とわたしも信じ、またすぐ来るからね、と言って帰った。

最後にぎゅーっとハグしとけばよかった。

存在があまりにも近くて大きくて当たり前だったから、
これを書いている今もその死が信じられないでいる。

R.I.P. Mama.....




2012年1月上旬の出来事

大晦日、一日前倒しで退院し、年越しは家族四人で過ごすことができました。

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年が明け、暫くして、ようやく次男坊の名前が決まりました。

雄大(ゆうだい)

その名の通り、そこからずいぶん大きく育ってくれてるわけですが…重過ぎます(笑)2012/4/10、3.5ヶ月の時点で体重は8,000gを超えました。

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年明け暫くして、坊がまさかの水疱瘡発症。
産後ケアセンターに入る予定の直前でしたが、これでは次男も感染した可能性が0%だとは言えず、ケアセンターは敢えなく取りやめとなりました。

そして、実家の母は、早く赤ちゃんを抱っこしたい、と言うものの、体調が思わしくなくてなかなか来られず……。


わらってる?

布おむつ装着。

愛しい寝顔。

2011年12月/次男が生まれました

ずいぶんこのBlogを放って置いてしまいましたが、再始動したいと思います…。
色々と残しておきたいので。
日頃はTwitterで簡単に呟いてみてはいるものの、
あれは後から読み返す類のモノではないものね。

まず、昨年末の大仕事から。

師走に入り、周囲から「きっと(予定日より)早いよ!」と言われたのを鵜呑みにした自分がいけないのだけれど、クリスマスも過ぎ、予定日も過ぎ、もう、好きにしてと腹を括った12/27の晩に本陣痛がやってきて、日付変わり翌28日に生まれてきた次男。

助産院に到着してから約2時間、かなりのペースで陣痛に襲われ、出てきたので、初産に比べてみて、その感想は……痛かった!

3418g/51cm と立派な体格。
生まれてきてくれて良かった。
よろしくね。

どうしても初産との比較になってしまうのだけど、棟梁の出番はほとんどなくて拍子抜け。

本当は長男・坊も参加してのお産がいいなぁと思っていたのだけれど、陣痛が始まったのが深夜。
坊はぐっすり寝ていたので、仕方なく義母にお願いして、夫婦だけの静かなお産となったのでした。
ここだけが、唯一の心残り。

とは言え、翌日から坊はお兄ちゃんとして毎日面会にきてくれて、賑やかでした。

胎児名はモモタロウ(坊が命名)、でしたが、
生まれてきたちっちゃな赤ちゃんを見て、坊がひとこと。
「モモタロウじゃない」

そんな訳で
そこから二週間、
正式名を棟梁がやっと候補を出し、家族会議となりました。(つづく)


新生児ってこんなにちいさかったっけ?
と棟梁もほんのり緊張。

ようこそ、わたしたちの元へ。


この世界でたったふたりの兄弟だよ。